ぷち ぼぬ~る。

シンママ徒然日記

特発性血小板減少性紫斑病

20代の頃、かなりの月日を病院で過ごしました。

短大を卒業し、地元の企業に就職が決まった私。

バブルは崩壊し、就職難と言われた時期に、大手企業に就職が決まり、私自身はもちろん、両親も、とても喜んでいました。

仕事はとても忙しく、でも、職場の人間関係が良く、やりがいのある仕事で、毎日が充実していました。福利厚生もしっかりしていて、社内にはいろいろなサークル活動もあって、忙しく仕事をしつつも、フラワーアレンジメントを習ったり、フランス語を習ったりと社会人生活を楽しんでいた私。

 

そんなある日。

ふと、自分の二の腕に青あざがあるのを見つけます。

もともと、そそっかしく、いろいろなところにぶつかったり、躓いたりする私。

どこかでぶつけたのかな?と思っていました。

その頃は、インラインスケートやテニス、とスポーツも楽しんでいたし。

でも、少し気にしてみると、太ももにも、二の腕の内側にも・・・ぶつけた記憶がないのに、痣が増えていく。

と同時に、歯を磨くと毎回出血する。

なにかおかしいかも。

そう思いつつ、仕事も遊びも忙しく、病院に行かなかった私。

 

ところが。

生理が始まったと思ったら、10日経っても終わらず。

これは本当におかしいぞ、とやっと重い腰を上げて受診した私。

自宅近くの内科に行ったのですが、痣を見せ、生理の話をすると、すぐに採血。

そして、そのまま

「紹介状かくから今から大きな病院に行って」

と言われ、その日のうちに市内で一番大きな総合病院で診察。

 

そして。

「血小板の値が少なすぎる。このまま入院だね。」

と言われたのでした。

 

幸い。

私は実家暮らしでしたので、すぐに母親に連絡をし、入院準備は母がすべてしてくれました。が、問題は入院期間。

医師からの説明では、その時、私の血液中の値はかなり低く

(正常値は14万~34万/μL、これが血小板10万/µL以下だと「特発性血小板減少性紫斑病」の診断基準の一つになるらしいのですが、その時の私は1万くらいでした)

詳しく検査をする必要があるが、多分「特発性血小板減少性紫斑病」であると思われ、いずれにしても、血小板の値を5万以上にしないと、病院からは出せない、と言われました。

その為には検査→治療が必要。治療はステロイドの大量投与になり、感染予防のためにも入院が必要。入院期間は3ヶ月~4ヶ月くらいになる、と言われました。

 

21歳。社会人一年生。3ヶ月も仕事休んだらクビになるんじゃないの???

というか、その病気、なに? 血小板ってなに? というか、私、元気なんですけど。

 

そんな感じでした。

病気の事よりも、会社を休む事、しかも長期・・・それが最大の心配でした。

あと、週末に予定していた合コンに行けなくなる!?みたいな。

けれど・・・この時から、長い長い私の闘病生活がスタートします。その時はまだ現実味がなかったけれど、20代、本来なら一番楽しい時期に病気と隣り合わせで生きる。

それは、その同時も、そして今も、私の生活や考えに大きな影響を与える事になりました。

 

特発性血小板減少性紫斑病は、難病指定にされている疾患です。

私が発症した時は、ステロイドの大量投与が一般的な治療法でした。

ステロイドが効かない場合は、脾臓を摘出すると治る可能性もあり、と言われていました。今は、ピロリ菌を駆除するとよくなる事がある、と言われています。

完全緩解、と言われる安定した状態になり、日常生活を送っていた私ですが、ピロリ菌、いましたので駆除しました。

40代半ばの今現在、血小板数は10万には満たないものの低空飛行で安定していて、何の制限もない日常生活を送っています。

 

この病気の事も、思い出しながら、書いていこうと思います。